cham & yarugeが、これまでの体験をベースに、立見里歌&おニャン子クラブを様々な角度・視点から切り取るコーナーです。やりたいことをやりたいままにお送りするので、2人の戯言だと思って読んでください。あと、なにぶん古い頃の話が中心なので、記憶違いなどがあるかも知れませんが、そのあたりは大目に見てください(笑)。今回は前回に続いて、篠崎裕利さんと杉浦未幸さんをフィーチャー。「しのすぎライブ(仮)」の裏話や2人が一緒に活動するようになったいきさつ、2人から見た立見里歌さんの印象などを伺いました。
TEXT=cham PHOTO=yaruge
――まずは、グループ(息っ子クラブ、おニャン子クラブ)解散から現在までどんな感じで過ごしていたのかをそれぞれ教えて下さい。
篠崎:息っ子クラブで活動してたときは大学生だったんですが、ほとんど大学に通ってなかったので(笑)、解散後に2年生をもう一度やり5年かけて卒業しました。その後は普通に就職して芸能界を引退したんですけど、音楽活動は趣味として続けていて、今でも地元の仲間と年に数回ライブを開催してます!
杉浦:私はおニャン子クラブ解散後、「志村けんのだいじょうぶだぁ」にアシスタントで出演するなどタレントとして活動してました。その後、レースクイーンや広告のモデルなど様々な活動を経て、ここ数年は、インターネットでの配信やライブ活動なども始めてます!
――最近、2人で活動することが多いようですが、きっかけは?
篠崎:数年前に声優の高橋美紀さんのライブがあったんですよ。ハイスクール奇面組で河川唯ちゃんを演じてた方で、ちょうど彼女の40周年記念ライブでした。それに未幸さんを誘ったのがきっかけでしたね。
杉浦:そのライブを見て「自分もこんなライブをやってみたいな」と感じたんです。そして「自分のやり残したことって何だろう?」って考えたとき、歌を歌ったりイベントをやったりしてみたいと思うようになって……。
篠崎:そんな中、去年の4月に未幸さんがシークレットで出演するイベントがあったんです。あくまで未幸さんがメインだったんですけど、そのイベントに僕を呼んでくれて、一緒にステージに立ったんですよ!
杉浦:このイベントでとても刺激を受けたので一緒にやってみようという話になりました!
――今年の3月に開催された「しのすぎライブ(仮)」もその一環ということで?
篠崎:そうですね。去年の4月に行われたライブは、とあるコミュニティの方が主催だったんですけど、「しのすぎライブ(仮)」は「2人でプロデュースしてみよう!」という話から始まりました。
杉浦:企画に関してもどちらかが主導権を握ってというわけじゃなく、本当に自然発生的だったんです。
篠崎:限定20人というとても小規模なライブだったけど、これは、初めての2人によるプロデュースということで、実験的な意味合いもありました。
杉浦:想像以上にお客さんが盛り上げてくれました。
――「しのすぎライブ(仮)」の選曲は、どうやって決めたんですか?
篠崎:一言で言えば“僕が歌いやすい歌”ですね(笑)。実は、高校時代にフォークソング同好会に入っていて、アマチュアながらバンドを作ってライブ活動をしてたんです。(息っ子クラブの)オーディションでも僕が受けたのは「ギターの好きな何をやっても2番の子」がコンセプトでした。なので、できる曲が意外と多くて……。「15の夜」や「TRUE LOVE」は(お客さんの)世代的にも合ってたんじゃないかな。
杉浦:基本は“私が思い入れのある曲”ですね。実は、おニャン子当時は自分が関わる演目の曲しかスタッフさんから渡されてなかったから、(おニャン子クラブの)初期の歌をあまり聴いてないんですよ。なので、選曲も後期の曲が中心でした。「LIKE A CHERRY BOY」はファイナルコンサートのメドレーで歌ったから思い入れはあるけど、初期の歌だったから、最近までシングル曲だと思ってました(笑)。
――「あなただけおやすみなさい」は、結構レアな選曲だったのでは?
篠崎:去年の4月に行われたライブで一度披露したんですけど、お客さんからの評価が高かったので、今回も入れました。
杉浦:私自身も好きな曲で、「もっと気持ちを込めて歌いたいな」と思ってたんです。今回は篠崎さんのギター+バンドの演奏で歌えたので貴重な体験でした。
――2人はそれぞれがグループに所属していた頃から仲が良かったんですか?
篠崎:当時、息っ子クラブとおニャン子クラブB組は、本当に接点が無かったんですよ。もちろん「おニャン子忠臣蔵」とか、番組内の企画は一緒にやってたので同じ画面には映ってるんだけど、話すきっかけが無かったから、距離が近くなったのはかなり最近なんです。
杉浦:確かにB組時代は、息っ子さんに限らずおニャン子の先輩メンバーとも挨拶ぐらいしか話しかける機会は無かったですね。しかも、当時は「おはようございます」って言うとスタッフさんから「お前たちはタレントじゃないから『こんにちは』だろ!」って怒られていたという(笑)。
――貴重な話、ありがとうございます。では、そんな状態の2人が仲良くなったきっかけは?
篠崎:それが、SNSなんですよ。数年前に未幸さんのXをフォローしたらフォローを返してくれたんです!その後、DMで「お久しぶりです」とかやり取りしてるうちに距離が縮まりました(笑)。
――今どきですねぇ(笑)。
杉浦:そうなんですよ。ちょうどSNSをやり始めた頃で、フォロワーさんもまだ少なかったから(笑)、すごく嬉しかったです!
――ほぼ同じ時期に立見里歌さんのZoomミーティングにも揃って参加するようになりましたが、立見さんとの再会はどんな感じだったんですか?
篠崎:立見さんとの再会は僕のほうが先でしたね。コロナ禍前に共通のスタッフさんと、僕達のライブに来てくれたのがきっかけでした。
杉浦:私が篠崎さんと再会した頃、篠崎さんはもう立見さんと繋がっていて、その流れで立見さんと再会した感じです。
篠崎:Zoomミーティングは2人で相談して出演を決めたわけじゃなくて、立見さんから来る出演依頼に個々で返事をしてます。
――おニャン子当時の立見さんの印象や思い出があればお願いします。
篠崎:オールナイトフジを見てたから、立見さんのことはオールナイターズの頃から知ってました。なので、おニャン子クラブに入ったときにはおニャン子というより「オールナイターズの人だ!」っていうイメージが強かったです。実際にお会いしてからは、やっぱり「白魔術」の印象が強かったですね。息っ子クラブがレギュラー出演してた夕食ニャンニャンのコーナーだったし、あのメイクで「オイニープンプン」でしょ!強烈でした(笑)。
杉浦:立見さんは大・大・大先輩で重鎮でしたから、声すら掛けられない存在でしたね(笑)。初めてお会いしたときも「御本人だ!」「ニャンギラスだ!」って舞い上がってました。でも、怖いというイメージは無かったです。ただただレジェンドっていう感じで……。しかも、私がB組から本体に入ったタイミングで立見さんは(おニャン子クラブを)卒業してるので、本当に当時はお話しする機会がほとんど無かったんですよ。
――あれから40年近く経ちましたが、現在の立見さんはどうですか?
篠崎:おニャン子当時と比べて、とても綺麗になられましたよね!目もパッチリしていらっしゃるし、スリムになられた気もします。でも、立見さんは息っ子クラブのことをあまり覚えてないということで驚きました(笑)。
杉浦:素敵なお姉様ですね!大先輩という部分は変わりませんが、すごく親しく声をかけてくださるし、お話しもしてくださるし……。この間も「今度一緒に女子会しようね!」って言ってくださいました!
――2人とも当時とは距離が近くなったと。
篠崎:そうですね。なにせ当時はスタッフさんから「喋るな!」って言われてたので(笑)。
杉浦:当時のことを考えると、こんなに親しげに話してくださるなんて想像もできませんでした。
――最後に読者の皆さんに伝えたいことがあればお願いします。
篠崎:来年、息っ子クラブも40周年となります。そのタイミングでイベントを企画しているので、どんな形のイベントにするかメンバーと相談してます!
杉浦:7月5日に予定されている「おニャン子クラブ 結成40周年コンサート」に向けて準備を進めているので、楽しみにしててください!他にもイベントに出演しますので、よろしくお願いします!
篠崎裕利(しのざき ひろとし)
1967年8月5日栃木県出身。
1986年4月に息っ子クラブ背番号6番としてグループに加入。同年9月、「僕達のSEASON」でグループデビュー。翌年2月、日本武道館でのコンサートで息っ子クラブ解散。グループ解散後は芸能界を引退し就職するも、趣味で音楽活動を継続。2019年10月、配信限定で息っ子クラブ33年ぶりのシングル「真っ白いパレット」をリリース。来年、息っ子クラブ40周年イベントを企画中。
息っ子クラブ公式Facebook/篠崎裕利公式X
杉浦未幸(すぎうら みゆき)
1971年10月14日愛知県出身。
1986年8月におニャン子クラブB組2番としてグループに加入。翌年4月、中学卒業に合わせておニャン子クラブに正規加入し会員番号50番となる。おニャン子時代の名前は杉浦美雪。グループ解散後は、タレント、レースクイーン、モデルなど多方面で活躍。6月22日(日)、元パンプキン小川真澄とのsing&talk LIVE「真澄と美雪」を開催。7月5日(土)の「おニャン子クラブ 結成40周年コンサート」と8月9日(土)の「おニャン子クラブナイト東京in名古屋」にそれぞれ出演予定。
杉浦未幸公式サイト/杉浦未幸公式X
おニャン子クラブファン歴35年を超えるcham(東京都出身)とyaruge(福井県出身)による凸凹コンビ。おニャン子クラブ現役時代は、多数の仲間とコンサート・イベント等への参加や、入待ち・出待ち・追っかけなど精力的に活動。その後もファン活動を継続しつつ、9月20日のイベント運営や、元おニャン子メンバーと仕事をするなど、様々な形でおニャン子クラブとの関わりを継続している。